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藤川日記


―担任団タイ珍道中―


[ 謎 の 旅 集 団 ・ 民 芸 が 行 く ]



  <プロローグ>

 3月31日、日本時間午前6時。あと2時間で我々の旅も終わる。たった今、雲海 のはじから朝日が顔を出し、赤とオレンジの中間ぐらいの色の強い光が機内に差し込 み一日の始まりを告げた。しかし、私を除く5人はまだ深い眠りについたままだ。そ れはこの旅のハードさを物語っていると言えよう。

 この旅行記を書くにあたり、起きたばかりの私はぼんやりとした頭を整理しようと 思った。職場に帰れば「タイはどうでしたか?」と必ず聞かれるであろう。この旅の 事をわかってもらえるのに適当な言葉はあるのか。しばらく考えたが余りに難しいと 思いあきらめた。あえて一言でいえば今回の旅は「混沌」。
 まず、タイの国、特に最も多くの時間を過ごしたバンコクの街がまさしく「混沌」 としていた。バンコクは歌舞伎町とアメ横を足して2倍(割るのではない)した街と 言えば少しはわかってもらえるだろうか。様々な店・物・車そして人が混在している エネルギー溢れる大都市だった。
 次に、今回の旅のメンバー6人そのものが「混沌」としていた。この6人組はどう 見ても不思議な集団だ。年齢、風体、言動などどれをとっても統一感がない。何の集 団か、何故この6人が一緒に旅をしているのかをすぐに理解できる人は皆無であろう (このことは後に立証された)。
 そして、この旅はこの3年間に起きた様々な出来事をすっきりと洗い流し、新たな 気持ちで4月から仕事をしましょう、という目的で企画されたはずだが、旅の途中我 々は北高のことを話し、何度となく25期生の〇×に似た人(主にタイ人、たまに日 本人旅行者)を見つけては卒業生の名前を口にし、6人それぞれが3年間の思い出の 中に帰っていき、頭の中はますます「混沌」としてきたのだった。

 さて、今からこの旅の様子を書き綴っていくのだが、これはあくまで「藤川日記」 という全く私的な日記の「特別編」であるから、この旅行記も全く私的なものである 。確かにこれを書くために旅行中メモをとってはいたし、フィクションを書くつもり はない。しかし、これは北高25期生担任団解散旅行の公式記録ではないし、「藤川 日記」と同じくすべて私の主観と不確かな記憶により書かれたものなので、他の5人 から「こんなばかなことを私は言ってない」とか「こんなことを書かれたらオレの立 場がないよ。困っちゃうなー」などと言われても私の方が困ってしまうのである。ま してやタイ国やタイ観光協会がこの旅行記を読んで私に訂正や謝罪を求められても本 当に困ってしまう。そこのところをよろしくお願いして、この旅行記は始まるのであ った。

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  <すべては3年前の4月に始まった>

 3月28日水曜日、イクチンを除く5人は8時3分新宿発の成田エキスプレスの車 中で待ち合わせした。えー、今回の登場人物はプライバシーに配慮してすべて仮名に してある。1組より、ミスター・もとこサマ・みのわっち・私・コジコジ・イクチン である。
 家庭を持つ我々にとって、家族を置いて3泊4日の旅行に出るには克服しなければ ならない課題がそれぞれにあったはずだ。私は「いいなータイ。私も行きたいよ」と 言う妻の肩を何度も揉み、皿を洗い、子供を寝かしつけ「では、どうもどうも」とわ けのわからない言葉を残して家を出てきた。みのわっちは昨晩2階でこそこそと旅行 バックに荷物を詰めていると、奥さんが上がってきて「あら、どちらへおでかけかし ら。」とのたまわれた。ミスターは24日に行われたオペラの後片付けで昨日までほ とんど寝てないらしい。もとこサマは不在である4日間のことをきっちりとやってか ら家を出たので出発ぎりぎりでの登場となった。コジコジの奥様は偶然に会ったもと こサマに「主人がふらふらとどこかに行かないように監視よろしくお願いします」と おっしゃった。そして帰国したら奥様がいなくなっていたという。やはり旅行は家庭 や仕事が無い若い時に行く方がはるかに自由が利く。色々なしがらみがないので、訪 れた土地や国が気に入ったらしばらく滞在することができるからね。

さて、ただ一人成田エキスプレスに乗ってないイクチンは、前日から成田に宿泊し ており空港で落ち合うことになっている。うーん、しかし怪しい。何で成田に泊まっ てるの?
後で宿泊券が当たったからとか何とか言っていたけどね。本当のところはどうなんだ 。

 電車の中ではタイに関する本を読んだ。タイは仏教の国で皆信仰が厚くお坊さんは 尊敬されている。学校の先生も尊敬されており、6月の第1木曜日は先生に生徒一人 一人が感謝を込めて花を送る日だそうだ。うらやましい。などと思っていると成田に 到着。まだ本当にタイへ行くんだという実感がない。春休みということもあって、成 田はたくさんの人でごったがえしていた。不況って本当?H.I.Sのカウンター前 で怪しいイクチンと合流し6人が揃った。
 飛行機のチェクインを済ませた後、出発前にタイの通貨・バーツに両替。少し前ま では1バーツ=2.7円だったのに、円安のため今日のレートだと1バーツ=3.2 円。日本経済もっと頑張れよ。だいたい何が悪いかと言えば...。
 その後、時間をつぶすために空港内のレストランへ。頼んだものは、瓶ビール、生 ビール(小)、生ビール(中)、モーニングセット、コーンクリームスープ、ケーキ セットと見事にバラバラ。誰が何を頼んだかは想像にまかせるが、この統一感のなさ が何となくいい。
 この店で我々のチーム名を考える。だいたい我々が都立高校の教員だと分かってし まってはまずいことが多い。教員だとばれた瞬間に「先生はいいですねえ。休みが多 くて」とか「公務員は不景気は関係ないですからなあ」などと言われ、やっかみと羨 望の鋭い眼差しを突き付けられることになるのだ。だから話し合いの結果、我々は小 さなTV番組下請け製作会社・民芸(この名前は先日閉店した北高近くの「味の民芸 」が我々の打ち上げ場所だったことからつけられた)の社員で、情報番組制作のため にタイに取材旅行に来たことにする。そして部長はコジコジという設定にした。タイ に着けば別の日本人グルプと一緒に行動するらしい。果たしてばれずに済むのだろう か。

 ボディチェックを済ませ、いよいよエアインディア305便に搭乗。なぜ日航やタ イ航空ではなくエアインディアかというと、それは安いからである。だいたい担任団 の解散旅行で海外に行くこと自体異例である。近場で飲んでお疲れさまということも 多く、せいぜい箱根当たりで温泉につかりながら「いやー。ようやく解放されました なあ」などと言いながら3年間の労をねぎらうくらいが関の山である。では、我々が お金持ちかというとそんなことは全くない。バンコクの路上で売っている1枚500 円のインチキTシャツを300円に値切る貧乏集団なのだ。それなのに何故海外に行 けたかというと、25期の担任団が結成された3年前の4月から月々2000円をコ ツコツ積み立てていたからであった。集金係はミスターで、学年会議ごとに我々に「 年貢を払え」と脅しをかけ続けたお陰で、2000円×35カ月=70000円が貯 まったのであった。しかし、この春休みという時期では70000円は「どんとこい 」と胸をはれる金額ではない。そこで、この旅のコーディネーター・コジコジが考え うる一番安い旅行パックを探してきて、めでたくタイへ行けることとなったのである 。だから、エアインディアなのだ。
 インドといえばカレー。機内食はやはりとても辛くおいしいカレーだった。でもカ レーの添え物として付いてきた「レモンピクルス」をコジコジはパンにつけて「まず いまずい」と言ってスッチーに呆れられていた。イクチンはビールとワインを2本づ つもらって御満悦だ。スッチーはサリーを着ているぞ(若くはないけど)。しかし、 飛行機ははっきり言ってぼろい。音楽もインド音楽ばかり...かと思っていたら何 と日本のチャンネルもあった。プログラムは誤植の嵐だけど。日本に「うたはらたか こ」という歌手はいないよ。

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  <我々を待ち受けていたのは暑さと渋滞だった>

 何度か眠り、本を読み、サンドイッチとケーキのデザートを食べているとほどなく してバンコク空港に着陸した。7時間の長旅だったがそれを感じさせない快適なフラ イト。いいぞエアインディア。私が乗った航空会社の中で最悪だったのはブリティッ シュ・エアウエイだ。ここにその話を書くと長くなるのでやめるが、ともかくエアイ ンディアはよろしい。みんな利用するように。
 現地時間19時にバンコク空港に到着。暑い。実は私バンコクは初めてではない。 大学3年の2月の終わり、ヨーロッパを1カ月旅した時に南回り!のため、燃料補給 のため数時間バンコクで過ごしたことがあるのだ。そのときのムッとくる暑さと肌に まとわりつくベタベタ感を覚えていたつもりだったが予想以上の暑さだ。機内で読ん だ本にこんなことが書いてあった。「タイに季節はあるのかい」「もちろん。日本と は違い3つの季節に分けられる」「3つ?」「HOT,HOTTER,HOTTES T」 

 空港に降り立った直後、現地案内人と会いホテルまで車で移動したのだが、ここで すさまじい渋滞に出くわす。バンコクの渋滞は有名で、ある人が会社の帰りに大渋滞 に巻き込まれ家に帰るのをあきらめてUターンしたけれど会社方面も渋滞で翌日の出 勤に間に合わなかった、という話を聞いたことがある。これはいくら何でも作り話で あろうと思っていたが、実際この渋滞にあうと本当に思えてくる。何しろ車が全然進 まないのだ。ちょうど会社員が家路に着く時間帯とはいえ余りにひどい。あまりイラ イラしない性格のタイ人でさえ、ブチ切れて反対車線を逆走する有り様だ。すいてい れば恐らく15分ぐらいの所を結局1時間30分かかってホテルに到着。我々6人は 一様に疲れ果てたが、そこは転んでもただでは起きない謎の集団・民芸。それぞれ部 屋でシャワーを浴びると生気を取り戻し、最初の夜を満喫するべく再びロビーに集合 したのであった。

 さて、今回の旅は前に書いたようにいわゆるパックツアーだ。だからホテル代、食 事代、交通費、入場料すべてこみこみである。パックツアーのいいところは何と言っ ても食事場所や移動の車の手配などが事前に決まっていて何も心配することがないこ とであろう。一人旅は絶対にフリーがいいが、好みも性格も人生も違う集団がうまく 旅をするにはパックツアーのほうがトラブルを避けるという意味でも良いのかもしれ ない。しかし、この日の夕食だけはパックに含まれてなく、自分たちで見つけたレス トランで食べなければならなかった。
 6人とも町中に出て行くエネルギーは残っておらずホテル内でレストランを探すこ とになった。我々が泊まったインペリアルクイーンズパークホテルは4つ星の大規模 ホテルで様々なレストランがあり、超弩級におなかがすいていた私は店がなかなか決 まらないのではと心配していたが、先頭を行くミスターとコジコジが高級そうな中華 料理店にすっーと入って行った。何だ始めからこの店のことをガイドブックか何かで 知っていたのか、さすが学年のまとめ役と今回の旅のコーディネーターだなと思って 席に着いてから聞いてみると、「いや。店の前で微笑んでくれたお姉さんが余りにも かわいかったので、つい」だって。うーむこの人たちを信頼するのはやめよう。
 でも、この店は大正解だった。中華フルコース・飲み物(地元のシンハービールと 紹興酒、ウーロン茶)込みで一人1300バーツ(約4000円)はタイでは高いの だろうが、料理の内容が素晴らしかった。イクチンなどは「こんなうまい中華は初め てだ」とか、全部で9種類の料理がでたが「すべての料理がおいしいことってなかな かないよね」とか満足の意を6人を代表してわかりやすく表してくれた。個人的には 最後の方で出たチャーハンが特別においしかった。みんな大満足で店を出たが、結局 この夜の食事がこの旅の最も豪華な食事になった。

 疲労度の激しいミスターとコジコジは部屋へ戻ったが、残り4名はホテルの外をぶ らついた。おお!何だか怪しげな匂いがする。マッサージのお姉さんたちが店の前で 呼び込みをしているし、店中が真っ暗なBARの前にも何故かお姉様たちが足を組ん でおられる。ウーム、ウームとうなっていても始まらないのでぐいぐい歩いて行くと 、何か見慣れたネオンを発見。あれはセブンイレブンではないか。知ってる店なら平 気だぜ、と4人共ニコニコしながら店内へ。店の中も日本のセブンイレブンとほぼ同 じだ。売ってる物は違うけどね。そこでタイに来てから初めて買い物をする。500 ==のミネラルウォーターが20円。安いね。ちなみにジュースは40円でビールは9 0円。イクチンはタイのカップヌードルを買い込んでいる。お土産買うの早いんじゃ ない。
 食べ物の屋台が並ぶ道をしばらく歩いてからホテルへ戻る。帰り際にファミリーマ ートを発見。次の日もあちこちでコンビニを見た。タイに日本の資本がこんなに入り 込んでいるとは知らなかった。道端で調理して売る伝統的なタイの屋台と明るく清潔 な店内のコンビニは明らかに対称的だが、それでも何故か違和感無くバンコクの街に 溶け込んでいる。それはさまざまなモノが混在するバンコクなのだからだろうか。
 部屋へもどるとさすがに疲れを実感する。コジコジの配慮でみんな一人部屋という のは嬉しい。広々とした部屋をパンツ一つでうろうろ。テレビをつけるとNHKのニ ュースを流していた。まだタイに着いたばかりだよなと思いながら、それをぼんやり と見ていたがいつの間にか眠ってしまった。おそらく夜中の1時頃だった。 

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