藤川日記


―担任団タイ珍道中―


[ 謎 の 旅 集 団 ・ 民 芸 が 行 く  2 ]



  <バンコクは朝から暑かった>

 バンコクでの初めての朝は5:30のモーニングコールで目覚めた。パックツアー の欠点の一つに朝がめちゃくちゃ早いということがある。パックツアーはその日一日 のスケジュールすなわち時間・見学場所・食事場所・交通手段などがきっちりと決ま っているから、そのスケジュールをこなすためには出発を早めなければならないのだ 。それはわかっているけど、5:30はいくらなんでも早い。目をこすりながら、ふ らふら指定のレストランに行くと、もうすでにみなさん席に着いている。みんな朝は 強いのね。もとこサマなんか朝から得体の知れないヌードルをぱくついている。
 私はホテルのバイキング朝食は大好きなのでじっくりと眺めてからチョイス。味付 けはやはり辛かったが、パン・卵・豚肉・鳥肉・ハム・野菜・果物などあらゆるもの をモグモグ食べたら元気になってきた。今日は一日中バンコク市内の名所を観光する 予定なので精力をつけておく必要がある。いやー食った食ったとおなかをさすってい ると、現地ガイドさん登場。彼の名はワタナさん。タイの大学を出て日本語の勉強を して旅行会社でガイドをしているとのこと。他のガイド仲間から「どらえもん」と呼 ばれていたと言えば彼の風体を想像できるだろう。

 6:45にホテルを出発。うーむ、暑い。もう軽く30度は超えているのだろう。 犬も朝から道端にべったり寝転んでいる。タイの街に犬がたくさんいるが、99%は 寝ている。それも暑くてたまらないからか、おなか全体をアスファルトにべちゃっと くっつけて寝ている。私はタイにいる間中、犬が動いているところをほとんど見なか った。
 我々の車の横を何台ものバイクが通り過ぎる。このバイクはいわゆるバイクタクシ ーで、助手席にお客さんを乗せて目的地まで運んでくれるものなのだ。前にも書いた ようにバンコクの渋滞は悲劇的なので、車の間をすり抜けて走るバイクは便利だ。さ て、ここで問題です。この朝の時間帯で最も多く見かけたお客さんはどういった人達 だったでしょう?答えは、女子学生。たくさんの制服を着た若い女性が、バイク野郎 の腰に手をまわし学校へと向かっているのだ。なかなか良い商売だな。

 車が最初に向かったのはデュシット・タニホテル。ここで他のツアーでタイに来た 日本人2人が合流するとのこと。どんな人達かと興味津々で待っていると、50歳ぐ らいの女性が車に乗り込んできた。まあ期待はしてなかったけどね。それにしてもこ の2人は元気でよくしゃべる。あーだこーだとガイドさん向かって言っているのか、 我々にしゃべりかけているのか、あるいは独り言なのか、2日間何かしらずっとしゃ べっていた。我々はこの2人をその風貌から「田口さん」と「勝股さん」と命名した 。

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  <旅集団民芸・バンコクの寺を巡る>

 今日の最初の見学地は「暁寺」。「暁寺」とは正しくは「ワット・アルン」といい 、バンコクを流れる最大の川・チャオプラヤ川のほとりに立つ美しい寺である。チャ オプラヤ川はものすごく川幅が広い川で、茶色い水がなみなみとゆるやかに流れてい る。そのチャオプラヤ川を渡り暁寺を目指したのだが、たくさんの船が行き交うため 船がすごく揺れた。おお!朝食が...。わずか数分で向こう岸に着いたので助かっ たが、明日はこの川を4時間さかのぼって行くらしい。大丈夫なのか。
 しばらく歩くと暁寺があった。タイは仏教の国なので当然寺といえば仏教寺院なの だが、日本の寺とは全然違う。何が違うかというと日本の寺がしっとりと静かにたた ずんでいるのに対し、タイの寺は赤・青などの様々な色に塗られている陶器がはめ込 まれていたり、あるいは金箔が張られていたりなどしてとてもきらびやかなのだ。使 用されている陶器は中国から船で運んで来る途中に割れて皿や茶碗として使い物にな らなくなったものをリサイクルして使っているらしい。また、寺には日本でもそうだ が必ず塔がある。タイの塔は、古くなった塔の上からそれを覆うように新しい塔をか ぶせていくためどんどん膨らんでいき、やたらでかいものが多い。ともかく、何やら 不思議な感じなのだ。我々はこの暁寺を見て回って、異国に来たということを初めて 強く感じたのだった。

 暁寺を出て再び船に乗り対岸へ。次の見学先は「涅槃寺(ねはんでら、正式名称は ワット・ポー)」だ。ここには、体長46==の寝っ転がっている金箔の仏像がある。 タイのパンフレットやガイドブックには必ず載っている有名な仏像だ。実際に見てみ るとこれがでかい!横になっているからでかさが際立つ。「足の裏には108つの煩 悩が描かれてあります」とガイドさんの説明があったが、足もでかいので108つぐ らいの煩悩を描くことなど楽勝なのだ。この仏像の裏に108の托鉢が置いてあって 、この托鉢に小銭(約100円を108枚の小銭に両替してくれる)を入れると良い ことがあるという。私はこの旅の安全を願ってやることにしたのだが、田口さんと勝 俣さんが「あ!あなたやるの?私たちもあやかれるように見てよう」と言って、小銭 を入れていく私の後をギャアギャア言いながらついてくるのだ。ああ、うざったい。 そして托鉢が残り3つとなったところで私の小銭は無くなった。すると田口さんが「 あら足りなかったの。いやねえ」と言い、勝俣さんが「108枚なければ意味ないわ よねえ」などと余計なことを言った。少々ムッとした私は彼女たちに目を向けず、へ らへらと薄笑いを浮かべてトイレに行ったのだった。 

 次に訪れたのが本日のメインである「エメラルド寺院(ワット・プラケオ)」だ。 ここはものすごい人で、外国人旅行客がわんさかいる。特に目立つのが韓国人・中国 人の団体で、彼らは一昔前のJALパックの日本人を思い出させる様相を呈していた 。このエメラルド寺院は、現在のタイ王朝・ラタナコーシン朝をたてたラーマ1世が 築いた寺で、観光客のお目当てはエメラルドのひすいで造られた仏像である。キラキ ラした外装の寺の本殿に入っていくとエメラルド仏像はあった。ふーん。この仏像は 服を着ているのだが、年に3回国王がこの服を着替えに訪れるそうで、この日は夏バ ージョンの服を着ていた。仏像は結構高いところに鎮座しており国王も大変だなあと 思っていると、コジコジが「服を着せ替えるのが仕事なら是非国王になりたい」など と不謹慎なことを言った。

 このころには気温がぐんぐん上がって34℃にまでなり、エメラルド寺院に隣接す る王宮を見て回るころにはさすがにしんどくなってきた。みんなで「暑い暑い」と連 呼して駐車場まで歩いている途中、みやげもの売りが寄ってきた。彼らは路上で観光 客を待ち受け、絵葉書や扇子などを売っているのだ。しばらく無視しているとたいて いはいなくなるものなのだが、モトコさまを狙った女の売り子はしつこかった。何が 彼女を駆り立てたのかはわからないが、おお!よくそこまで頑張るなあ、と思えるほ ど頑張った。しかし、モトコさまも負けずに無視し続けようやく売り子を振り切った のであった。タイは近年急激に発展してきた国であるが、経済発展の波に乗って裕福 に暮らしている人は少数で、激貧生活を送っている人達もかなりいる。空港からホテ ルまでの間にもかなりひどい状態の家屋をたくさん見た。みやげもの売りも貧しい階 層が日銭を稼ぐための手段として頑張っているのだ。さきほど訪れたエメラルド寺院 の入り口には「スリに注意」のはり紙と共に、有名なスリの人達の顔写真がはってあ った。外人から見たら日本人が皆同じ顔に見えるように、タイ人の顔もみな同じに見 えるから意味ないけど。ともかく一年中暑いこの国で、みんな必死に生きているのだ 。

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  <民芸・土産物屋をめぐる>

 さて、以上で本日の観光は夕食の「タイ古典舞踏ディナーショー」を除けば終わり である。時間は午前10:30だった。我々は今からどこへ行くのか。それは、パッ クツアーでは必ず行かなければならない所、土産物屋である。旅行業者は特定の土産 物屋と契約して、必ず客をその店に連れて行くかわりに一定のマージンを受け取って いる。だからだいたい安いツアーほどいろんな店を訪れるということになる。今回我 々はこの日、宝石店・タイシルク店・デパート(伊勢丹)のデューティーフリーの3 つの店に連れて行かれた。お土産を買うことに喜びを感じる人にとって、信用できる 店に連れて行かれるのは悪いことではない。ツアーに組み込まれた店はたいてい愛想 が良く、飲み物のサービスがあり、品質保証書が付いてくる。無邪気にたくさん買い 物をすれば、買った客、店員、ツアコンみんなニコニコだ。
 しかし、どうも私はこのシステムが好きになれない。何か催眠商法のようなうさん 臭さを感じてしまう。今回はそれほどでもなかったのだが、3年前にトルコに行った 時はひどかった。トルコは絨毯が有名で、プロの女性が手作業で何年もかけて絨毯を 織る。手作業だから当然値が張るし、高価だからこそまがい物も出る。トルコのツア ーのほとんどに大規模絨毯店めぐりが組み込まれ、客は数百万から数万円のトルコ絨 毯を見せられる。店員は「もしよろしかったら観光の記念にいかがですか。絨毯の善 し悪しは素人では分かりませんよ。もし万一買うんでしたら、政府が保証してくれる 安心な当店でどうぞ」というようなことを、ギラギラしたところを一切見せることな くユーモアを織り混ぜながら客に語りかけるのである。それにつられてふらふらと絨 毯の値段を聞こうものなら、待ってましたとばかりにベテランの店員が出てきてあっ と言う間にお買い上げ、となる。このシステム化された買い物が嫌いなのだ。だから 私はいつもこの手の店では冷やかしでショーケースを覗くだけにしている。

 買う気ゼロの私が宝石店の中をうろついていると、熱心にショーケースを覗き込ん でいるイクチンを発見した。我々6人が誰一人も買わないというのはよろしくない。 スリットの入った魅力的な服を着て笑顔で迎えてくれているお姉様たちに悪い。彼女 たちだって買ってもらってなんぼであり、コジコジやみのわっちにニヤニヤ見つめら れるために着飾っているのではないのだ。イクチンは「当然嫁さんに買うんだよ」と 言いながら素敵なルビーを買ったが、出発前の怪しげな行動から果たして信じていい ものなのか。
 シルクの店は超高級店で私は例によって冷やかしに終始したが、伊勢丹のデューテ ィーフリーではタイシルクのゾウのぬいぐるみ(モトコさまも買った)とマカデミア ナッツ・ゾウバージョンを買った。「奥さんに何か買っていかなくていいの」と聞か れたが、実は買うべき物は指定されており(ニナリッチの化粧品)、それをあらゆる 免税店でずっと探したのだが結局見つからなかった。

 土産物店巡りの途中で昼食をとった。観光客向けレストランでのバイキング料理で 、ここには寿司やラーメンもあった。おいしく頂いていると、みのわっちが「あのウ エトレスは3組の○塚に似てない?」とささやいた。よく見ればまさしく○塚ではな いか。我々はタイに来てから既に数名の卒業生を発見している。空き地でセパタクロ ーをやっていた青年は5組の吉○君であったし、路上でチェスをやっていた年齢不詳 の人は4組の佐々○君であった。発見者がそのことを言うと「いいかげん仕事のこと を離れたら」とミスターはその度におっしゃるが、やはり3年間を一緒に過ごしてき た生徒のことは異国の地に来ても頭から離れないのであった。

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  <いよいよ危険地帯へ>

 土産物店巡りが終了したのは午後3時30分。迎えの車が来る6時30分まで3時 間の自由時間ができた。伊勢丹のカフェで、さてどうしようとみんなが思案にくれて いるとき、既に私は行くべき場所を密に決めていた。その場所とは「パッポン通り」 という名のアジア最大の盛り場である。パッポン通りは日本で言えば歌舞伎町のメイ ンストリートであり、ありとあらゆる店が混在するバンコク一怪しげな通りらしい。 一般的なガイドブックによれば「危険なので行くのは止めましょう」ということにな るが、行きの飛行機の中で読んだ『アジアンリゾート得マニュアル』という本には「 パッポンを見ずしてアジアを語るな」「パッポン通りこそがアジア最大のリゾート」 とのあおり文句が並べられいる。これは行かねばなるまい。私はみんなと別れを告げ 、一人で下りのエスカレーターに乗ったのだった。

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